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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)164号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人石津広司の上告理由第一点について

地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項の規定による住民監査請求に対し、同条三項の規定による監査委員の監査の結果が請求人に通知された場合において、請求人たる住民は、右監査の結果に対して不服があるときは、法二四二条の二第一項の規定に基づき同条の二第二項一号の定める期間内に訴えを提起すべきものであり、同一住民が先に監査請求の対象とした財務会計上の行為又は怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されていないものと解するのが相当である。所論は、先の監査請求と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求であつても、新たに違法、不当事由を追加し又は新証拠を資料として提出する場合には、別個の監査請求として適法である旨主張するが、かかる見解は採用することができない。けだし、住民監査請求の制度は、普通地方公共団体の財政の腐敗防止を図り、住民全体の利益を確保する見地から、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実について、その監査と予防、是正等の措置とを監査委員に請求する権能を住民に与えたものであつて、監査委員は、監査請求の対象とされた行為又は怠る事実につき違法、不当事由が存するか否かを監査するに当たり、住民が主張する事由以外の点にわたつて監査することができないとされているものではなく、住民の主張する違法、不当事由や提出された証拠資料が異なることによつて監査請求が別個のものになるものではないからである。また、住民監査請求の制度は、住民訴訟の前置手続として、まず当該普通地方公共団体の監査委員に住民の請求に係る行為又は怠る事実について監査の機会を与え、当該行為又は当該怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によつて予防、是正させることを目的とするものであると解せられるところ、法二四二条の二第一項は、「普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、……裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次の各号に掲げる請求をすることができる。」と規定し、住民訴訟は監査請求の対象とした違法な行為又は怠る事実についてこれを提起すべきものとされているのであつて、当該行為又は当該怠る事実について監査請求を経た以上、訴訟において監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由を主張することは何ら禁止されていないものと解せられる。したがつて、主張する違法事由が異なるごとに監査請求を別個のものとしてこれを繰り返すことを認める必要も実益もないといわざるを得ない。

右と同旨の見解に立ち、原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人山形作市、同小林勝一、同込山孝一郎の第二回監査請求は第一回監査請求の反復であつて不適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計上の行為を違法、不当であるとしてその是正措置を求める監査請求をした場合には、特段の事情が認められない限り、右監査請求は当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権を当該普通地方公共団体において行使しないことが違法、不当であるという財産の管理を怠る事実についての監査請求をもその対象として含むものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、上告人山形、同小林、同込山の第一回及び第二回監査請求は、被上告人渡辺高司が西川町長として町有財産たる本件土地を随意契約により被上告会社に売却した行為につき、右売却処分は時価に比較して著しく低額の代金をもつてしたものであつて違法であり、西川町の財政運営上多大の損失を生じさせるものであるとしてその是正措置を求めたものであるところ、右上告人らの第三回監査請求は、本件土地売却処分を違法、無効なものであるとし、これに基づき、西川町は被上告人渡辺に対し損害賠償請求権を、被上告会社に対し不当利得返還請求権ないし本件土地所有権移転登記の抹消登記請求権を行使し得るのに、これをしないでいるのは違法に財産管理を怠る事実に該当するとしてされたものである、というのである。

右事実関係によれば、上告人山形、同小林、同込山が第三回監査請求の対象とした怠る事実は実質的に第一回監査請求のうちに含まれていたものとみるのが相当である。したがつて、右上告人らの第三回監査請求は第一回監査請求の反復であつて不適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法二四二条一項の規定による住民監査請求があつた場合に、右監査請求が、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもつて財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあつた日又は終わつた日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。けだし、法二四二条二項の規定により、当該行為のあつた日又は終わつた日から一年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである。

右と同旨の見解に立ち、上告人山形、同小林、同込山の第三回監査請求及び上告人傅川浩の監査請求は法二四二条二項所定の請求期間を徒過したものとして不適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島 昭 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 林 藤之輔)

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